「自分の意見」って何だろう?




どうも、SHU(@kitajimashuichi)です。

 

最近ブログを始めたばかりなのですが、ブログを始めて気づいたことがあります。

「自分の意見を書くのって難しい!」

Twitterだったら気に入ったワードとか、ふと思ったこと・感じたこととかポンっ!とつぶやけばいいので、今までそんな悩んだことはなかったんですよ。

まぁそれがTwitterの素晴らしさでもあるのですが・・・

しかし、ブログだとそうはいきません。ある程度の文章にしなければいけませんし、自分の意見を述べなければファンもつきません。ただ情報を発信するだけだったら別に自分じゃなくてもいいわけです。他の誰かでもいいんです。誰にでもできることなのだから。

 

そもそも自分の意見って何だろう?

私自身も今見出しで使ったばかりなのですが、まずは「自分の」って言葉について考えてみます。

普段何気なく使っている「自分の」という言葉。それは本当に「自分の」なのでしょうか?そもそも自分発信の情報なんて本当に存在するのでしょうか?

人は今ネット・テレビ・ラジオ・雑誌・本など様々なメディアから情報を得ることができます。そういったメディアから得た情報を「自分の」知識として発信しているだけなのではないでしょうか?メディアだけではありません。家族・友人・知人などの人だってそうです。私たちの知識というものは常に誰かに何かの情報を与えられて成り立っています。

「自分だけの」意見、そんなものが本当に存在するのでしょうか?

金八先生ではありませんが、人は常に誰かに支えられて生きています。その支えてくれた人たちから常に影響を受けて生きているのです。「自分の」意見というものはすべて他人からの影響を受けて成り立っているものであって、「自分由来のもの」など当然存在するはずがないのです。

 

じゃあ、みんなが言っている「自分の意見」とは何なのか?

自分の意見など存在しないと言いましたが、ブロガーさんも含め「じゃあ、他の人達が言っている自分の意見ってなんだっ!?」って思う方もいらっしゃるかと思います。

先ほども言いましたが、私たちはネット・テレビ・ラジオ・雑誌・本など様々なメディア、家族・友人・知人などの様々な人からの情報を与えられて成り立っています。

自分が情報を発信する時、それまで自分が持っていた情報と新しく手に入れた情報を組み合わせて発信しています。

私たちはロボットではないので、特定の誰かに与えられた情報のみを一言一句間違わずに発信しているわけではありません。なので、もともと持っている情報や新しく手に入れた情報がメディアや他の人から与えられたものであったとしても、その情報の組み合わせ方は唯一無二のあなただけのものなのです。

それが「自分の情報」つまり「自分の意見」となるのではないでしょうか。

「それまで自分が持っていた情報」×「新しく手に入れた情報」=「自分の情報」

発信することによって「自分の意見」となります。

 

まとめ

私は今までネット・テレビ・ラジオ・雑誌の情報は好んで自分の中に取り入れてきましたが、本はまともに一冊読んだことがありませんでした。本を読んでいないということは圧倒的に文章力が欠けているということです。

今回この記事を書く中で、自分の意見はもともと持っているということに改めて気づきました。しかし、それを文章にできるだけの力がないのだということにも気づかされました。

なので、この記事を書きながら「俺には文章力が足りないんだ!そうだ本を読もう。様々な人の文章や文字に触れよう!」と思い慌てて、24歳になって初めて本を買いに行きました。

買った本は5冊。様々なブロガーさんも紹介しているもので少しでも面白そうだなと思ったものです。

読み終えた後に、本の感想とかもブログで紹介出来たらなと思います。