【カンボジア】大量虐殺が行われた処刑場跡、キリング・フィールドを訪れて感じた平和の尊さと命の大切さ




どうも、SHU(@kitajimashuichi)です。

2018年9月9日から9月16日にかけて7泊8日で、仕事の関係でカンボジアに行ってきました。カンボジアの観光地と言えばアンコール・ワットとかが有名なのですが、今回はあえてカンボジア国内に多数存在する大量虐殺が行われた処刑場跡(通称:キリング・フィールド)のひとつ「チュンエク」という場所に行ってきました。

「えっ?処刑場!?虐殺!?何それ?怖い。」と思われる方も多いと思いますが、せっかくカンボジアに訪れて、ほんの40年程前まで実際に行われていたこの事実を知らない方が逆に私は怖いなと思いました。キリング・フィールドを知らずにしてカンボジアは語れません。

 

はじめに:キリング・フィールドとは

キリング・フィールドとは、1975年から1979年のポル・ポト政権時に大量虐殺が実際に行われた、いわゆる処刑場のことです。この「チュンエク」は、キリング・フィールドとしてカンボジアで最も有名なトゥール・スレン収容所(S21)に付属する処刑場として造られ、トゥール・スレン収容所から移送された人々がここで殺されていました。

【カンボジア】負の遺産、トゥール・スレン虐殺犯罪博物館(S21)から紐解く、カンボジアの血塗られた歴史と今後の課題

2018.11.07

 

チュンエクについて

慰霊塔

まず中に入ると正面に見えてくる大きい塔は慰霊塔です。その塔の中にはここで殺され埋められた人たちの遺骨及び殺害器具が奉られています。

遺骨は、性別と年代別に分けられて納められ、殺害に用いられた器具も、どのように使用されたか説明付きで展示されています。

トラックの停車場

ここはトラックの停車場として使われていました。毎日300人程の人達がトゥール・スレン収容所から搬送され50〜70人が処刑されたそうです。騒ぎが起きないように見張り役が人々をうまく騙していたので、人々は自分たちが処刑される為に移動しているとは知りませんでした。当時は周辺住民も中で何が行われているか知らなかったそうです。

暗く陰鬱な拘置所の標識

搬送されてきた人たちは着いたその夜に1人ずつ処刑されましたが、次の日の夜に延期されることもあったようです。その間は粗末な木造の建物で過ごしたそうです。建物は厚い二重の壁で出来ていて窓はありませんでした。

刑執行人の事務所

処刑の事務管理は細かく、時には事務所で処刑される人自身が事務手続きをさせられたそうです。処刑を執行していた兵士の平均年齢は17歳で、洗脳された子どもたちがたくさんいたとのことです。

化学薬品保管庫

当時は、費用を抑える為にD.D.Tという農薬を使用して死臭を隠したりしていたとのことです。

武器保管庫

殺害に使われた器具は、鍬や鎌などの農具から鉈や鉄の棒など簡素なものまでありました。銃は使用する弾丸に費用が掛かるので使用せず、原始的な方法で殺害されていました。

450体の遺体が発見された大量埋葬地

キリング・フィールドの場内には無数の大きな穴があります。穴は処刑された人たちの墓地で最大のものになると450人もの遺体が埋められていたそうです。墓は死体から出たガスのせいで盛り上がり、辺りには悪臭が立ち込めていたそうです。

キリングツリー

この無数にミサンガが供えられた木はキリングツリーと呼ばれ、幼い子どもたちの両足を持って、頭を木の幹に叩きつけて殺害する為に使われたものです。子どもたちは母親の目の前で情け容赦なく殺されていました。木には大量の血や脳みそが付着していたそうです。

キリングツリーの横には殺された子どもたちと、その母親と思われる人たちだけが埋葬されている穴もありました。大人に限らず、幼い子どもまで殺害していたという非道さがひしひしと伝わってきました。

マジックツリー

この木はマジックツリーと呼ばれ、発電機を設置しこの木にスピーカーを取り付けて大音量で音楽(革命歌)を流して、収容所から連れて来られた人たちが殺される際に出す叫び声やうめき声を掻き消し、日常を装っていたそうです。

 

まとめ:改めて痛感した平和の尊さと命の大切さ

ポル・ポト政権時、カンボジアの全人口800万人のうち300万人が処刑されたといいます。ここ「チュンエク」でも、およそ2万人の人々が埋められていたそうです。

場内に入ってから感じる重苦しい空気や、場内の回収されていない服の切れ端、そして慰霊塔に奉られている遺骨と、ここで起きたことの悲惨さを目の当たりにしました。

これは昔ではなく、今からわずか40年程前。私が生まれるちょっと前の話です。

私たちは生まれてから今まで平和を当たり前のように享受していますが、平和は何かのきっかけによって簡単に崩れてしまうものだと実感しました。また、改めて平和の尊さと命の大切さを再認識しました。

その日の夜、酒を飲みながら首都プノンペンの街を見下ろすと、たくさんの外国人観光客と若いカンボジア人ばかり。年配のカンボジア人らしき人はほとんどいません。そんな現状から、より一層リアルを感じました。